2023年04月26日

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ゴールデンウイーク、子供の日・端午の節句に思う

いよいよ今年もゴールデンウイークとなります。その期間にある5月5日のこどもの日は端午の節句ともいわれます。端午とは、「最初の午(うま)の日」といった意味です。「端」には、最初や、始めという意味があり、中国の古い暦では、午の月は5月で、午の月の最初の午の日は、5と5が重なる日で、節句とは、季節の節目のことです。また、古代中国の陰陽道では、1・3・5・7・9という奇数を、「陽」と考えており、奇数が重なる日は、「強い陰をなす日」として恐れられ、お供えをする日だったと言われています。そんな節句の日は、1年に5回あり、五節句と呼んでいます。
①1月1日(元旦)、②3月3日(上巳)、③5月5日(端午)、④7月7日(七夕)、⑤9月9日(重陽)です。
端午の節句には、兜や五月人形を飾り、鯉のぼりをあげ、ちまきや柏餅を食べてお祝いする習慣がありますね。そのちまきは、中国の古い故事が由来となっています。中国の戦国時代、秦では始皇帝の3代前の昭襄王(しょうじょうおう)の時代に、楚という国の王、懐(かい)王に仕えた人物で、屈原という者がいました。王の信頼も厚い人物だったのですが、周囲の重臣の中には、屈原を快く思わない者もいました。ある時、そうした重臣が楚の懐王に対し、屈原の讒言(ざんげん:ありもしない悪口を目上の人に対して言うこと)を吹き込み、それを信じた王に遠ざけられることになってしまいます。その後も屈原の的確な進言や、王を諫(いさ)める言葉は、王には聞き入れられず、他の家臣の言葉を受け入れた王は、秦のワナにはまることになり、秦の地で病死することになります。国を想い、誠意を尽くしたのに王に遠ざけられ、忠義を尽くしたのに身に覚えのない罪をなすりつけられた屈原は、無念を抱いて、石を懐に入れたまま、川に身を投じたと史記に伝えられています。そんな屈原の命日は、5月5日と言われていて、屈原の死を嘆き悲しんだ人たちが、屈原を供養するために米を詰めた竹筒を川へ投げ込んでいましたが、川に住む龍に食べられてしまうので、龍が苦手な葉で包み、五色の糸で縛るようになったと伝えられており、これが現代まで続く「ちまき」のはじまりとされています。中国では5月5日の節句の日に、ちまきを作り親戚に配る習慣が生まれ、それが中国から日本に伝えられ、現在に至っているともされます。
また、旧暦では、ひな祭りは4月ごろで、桜や桃の季節ですが、端午の節句は6月ごろで、梅雨入り前の暑い季節であり、しまってある鎧兜(よろいかぶと)を縁側などに飾り、虫干しする、武具や甲冑(かっちゅう)を蔵から出し、虫干しする習慣があったとされ、五月人形を飾る風習の原型のひとつでもあると考えられています。

記載内容については、諸説あるかも知れませんが、物事には、背景や理由があります。そして、宝である子供は、純粋で素直で、何事にも疑問を持ち、教えられたことを吸収し、成長します。松下幸之助氏も、常に子供のように素直なことが成長の源、重要と言っておられます。皆さんも、疑問を持たない、人の言うことを聞かないことが多くなってませんか?子供の日に、子供の成長を祝い、更なる成長を祈念しつつ、自分自身の素直な心、聞く耳と聞き入れる心を見なおしてみませんか。

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